はじめに

 良好な景観形成ということでは,歴史的な建築が散在する都市など,参照するモデルが身近にある場合には,その目標ははっきりとしている。しかし,そのような場合でも観光資源といった位置づけがある場合をのぞくと,経済的な尺度などに比してあまりにもはかない存在である。そして平均的な市街地環境では,良好な景観形成を目指すといっても,その目標が見えないために一般市民の気運が盛り上がらないことも多い。また,様々な立場の人々の合意形成を図る上で,ことばによる表現や,他地区の事例の紹介が中心となると,一般の人にとってその内容について実感をもつことが難しく,説得力に欠けることがある。景観シミュレーションによりその目標が現実の風景にオーバーラップされて示されることで,景観形成の目標をより身近な問題として受け止めることができ,各種の協定,ガイドラインづくりといった合意形成をすすめる上で有効である。

 最近のCG(コンピューターグラフィックス)による表現技術の進歩には目を見張るものがあり,映画制作でのCG利用,あるいは歴史的建築の復元映像など,その訴求力は素晴らしいものである。仮想現実視などの新しい技術が登場し,素材感と光を巧みに表現することで現実を越えたリアリズムの世界を目にすることもある。また一方では高性能パソコンの普及により,手描きパースや模型制作の領域もCGに置き換えられていく可能性が大きく,ゲーム機の進歩にもあなどれないものがある。数年前にはCGで景観シミュレーションを実行する上で,その表現技術の限界が問題となったが,汎用のCG技術の進歩,普及にともない,高度な技術が身近に利用できるようになったのは,喜ばしい限りである。

 CGは,あたかも万能の道具であるような錯覚を与えるかもしれない。しかし景観検討を目的とした利用ということでは,今のところあくまでも色鉛筆が高度に進化した道具であると考えたほうが誤解が少ない。これはCGを導入することで自動的に景観検討が行なわれるということはなく,それを道具として使いこなせる人や組織の「力」がない場合にはその価値を発揮できないからである。このへんは,既成の仕事の合理化として理解しやすいビジネスパソコンなどと比べるとその落差には大きなものがある。しかしパソコンについても,例えば電子メールとなると,既成の仕事の合理化という枠を超え,場合によっては組織の変革をも起こす可能性を持っているわけで,これと同様にCGについても,パース画などの在来手法の枠を越える機能を生かすことで,良好な景観形成を支援するための新しい「道具」として利用することができないであろうか。

 CGの応用による様々なシミュレーション技術は,ものづくりの現場で「景観」をより基本的な問題として位置づけるための尺度を提供する。そして,これまでは一部の人の手に委ねられていたものづくりのプロセスに,より多くの人が参加した合意形成を支援する道具として活用できる。このようなCGの可能性を生かすためには,まずその利用ニーズを明らかにし,そして適切な技術を現場で利用できるような体制をつくることが必要になる。本論ではこのような観点も含め,CGなどを利用した景観シミュレーションの利用方法と課題について述べる。