3.景観シミュレーションの技術

 さて,ここまではあえてCG技術そのものについてはあまりふれないで記述をしたつもりである。その内容に対応したCG技術の概要を以下に述べるが,それもユーザーの立場から見た記述としてまとめるので,本来の技術的な情報については各論を参照されたい。

(1)シミュレーション手法の選択

 CGが使われる以前の在来の景観検討手法としては,スケッチやスタディ用模型といった検討用の「シミュレーション」手法,パース画や展示用模型といった「プレゼンテーション」手法がある。求められている景観検討の目的が在来手法の範疇にある場合にはあえてCGを使う必然性が無い場合も多く,今のところ在来手法の方が業者や人を使う上で選択肢が多いので好都合な面も無視できない。

 成果品が1枚のパース画のみであれば,コストの範囲で作者が得意とする手法を選択すればよく,手描きパースの下図として簡便なCGを用いることも多い。そして,模型に関しては展示用の「ミニチュア」としての古典的な価値感を見いだす向きも多いので,そのニーズが無くなるということは無い。そして精巧に作られた模型の写真を現況写真と合成することで,仮想現実感を生み出すことも可能である。

 さて,CG技術の概要であるが,一般的にCGの方式はその扱うデータの形式の種類によって,写真合成などの画像処理を行なう「2次元CG」と,3次元座標上の数値データから立体像を生成する「3次元CG」とに分類される。2次元CGと3次元CGとは基本的には同一のコンピューターで用いることができるが,必要なソフトと周辺機器が異なり,高度な3次元CGについては専用のコンピューターの導入が必要な場合もある。景観検討にこのどのようなCG技術を利用するかという判断は大変に重要なことであり,予想される景観検討のケースに応じた利用手法の流れをマニュアル化し,その用途に対応した機器やソフトを導入することが必要である。

 おおまかには,既存市街地などの「実在するもの」についての景観検討は,写真などの画像が容易に入手できるので,2次元CGで対応できるケースが多いのに対し,計画案などの「実在しないもの」については,設計図面等のデータを可視化するために3次元CGを用いる必要性が高くなる。そして現況景観と計画案との関係性の検討といったケースでは,2次元CGと3次元CGを併用することで,最も合理的な景観検討となるケースが多い。アニメーションを作成する場合には3次元CGを使うことが必要で,したがって現況景観についてもすべて3次元化しなければならないことになる。本論で紹介した景観の評価手法のほとんどは3次元CGを基本としたものであり,諸元データと連携した建物ボリュームの検討など,3次元CGの応用範囲は広い。

 自治体などでは,予算的なこともあり,とりあえず2次元CGを中心とした景観シミュレーションから入るというケースが多い。しかし,かつて某駅舎コンペの審査に使われた2次元CGによる写真合成が,合成の基準点を間違えたために全く誤ったものだったという事件があったが,内容の正確さを求められる場合には,極力3次元CGを併用するべきである。2次元,3次元それぞれに様々な仕様のレベルがあり,将来のニーズに対応して仕様が自由に変更できるような構成とすることが望ましい。ソフトについては汎用品で良いものが増えてきたが,景観シミュレーションを目的としたものは少なく,景観評価目的などについては独自のソフト開発,あるいは汎用品のカスタマイズを必要とする場合が多い。

 シミュレーションとプレゼンテーションに用いられるCG技術は基本的には同じもので,同一のソフト,システムで実行することも可能である。シミュレーションについては,形の変更を自由にするためには簡単なボリュームモデルとする,といったデータ作成上の配慮が必要で,これはスタディ模型を利用する場合と同じ考えである。

 プレゼンテーションとしては,ある意味でコストと時間はいくらでもかかけられる世界なので,その成果品の仕様については何らかのガイドラインを導入することが必要であろう。高度なプレゼンテーション技術としては正確な光や材質感の表現といった技術があるが,広域的な景観検討などではそのレベルの技術はあまり必要にならないケースも多い。

 そして時間軸を加えたアニメーションによる景観検討により,要素間の関係性などの立体的な空間把握をすることが容易になる。静止画として立体視する技術もあるが,アニメーションの方が視点を移動させることで連続的な景観検討を行なうことができるので有利である。アニメーションをビデオ化するよりは,ワーキングの場での利用であれば,その場で自由に設定した視点からの画像を画面上で確認するだけで十分である場合も多い。その理想形は被験者が自分の意志で操作することができるインタラクティブな(対話型の)システムで,この技術は既にゲーム機では一般的なものである。被験者が自分で操作することによる対話性で空間認識を深めることが可能であるが,広域的な都市景観を扱うためには高性能なコンピューターが必要である。より広い視野の検討を可能にするために,静止ポイントから周辺を見まわした景観検討を可能にする技術など,簡便な景観の仮想体験をするための新しい技術は各種導入されつつある。

 評価手法としての3次元CGの利用として,眺望を確保することが指標となる場合,視点と対象との関係性を規定するために,ビスタライン,ビューコーン,ビジュアルコリドールといった,立体的なエアボリュームの定義が一般的である。これらは3次元CGにより市街地データと合成することで,抵触する建築ボリュームについてチェックすることが可能である。その外にも日影や天空率の測定といったシミュレーション技術を応用することで,心理的圧迫感の評価の指標とすることが可能である。その外には,景観保全上重要な斜面緑地の抽出などに使われる可視頻度の測定,景観を阻害しない建物高さを定義する不可視深度の測定は3次元のメッシュデータで実施することが可能である。

 評価手法としての2次元CGの利用としては,複数のケースについて変化する部分のみ画像を変更し,他は同一条件とした資料を作成することで,要点を絞った比較検討を行うことが基本である。また2次元CGの応用で,視野に占める緑の量をあらわした緑視率を測定することが可能である。これらの評価手法の利用については,指標の策定時に景観シミュレーションを用いた検討を行い,その時にデータ作成など,CG利用に必要な環境を構築することで,誘導対象の案件が生じたときに,迅速な対応で景観検討を実施することが可能になる。運用上,審査の期間にはあまり余裕が無い場合もあるので,迅速にこなさなければならないので,担当者レベルで操作できる適切な評価・チェックシステムを開発することで,継続的な運用を図ることができよう。

(2)データ作成にかかわる課題

 CG利用の最大のメリットはデータの再利用性を生かせることで,変更が多い場合,バリエーション作成の必要性が高い場合,そして継続的な景観検討が必要な場合に特に有効である。シミュレーション,評価手法とプレゼンテーションはニーズに応じて使い分けることで,初期段階ではシミュレーションとして利用したデータを,後の段階ではプレゼンテーションとして利用するといった効率的な利用を図ることで,データの蓄積効果を生かすことが可能である。

 事業者にとっては工事が完成してしまえば,そのプロジェクトのデータはほとんど価値が無くなるが,公共の立場で景観誘導をする体制ができれば,そのデータの蓄積効果には大きなものがある。そしてそのデータを利用することで景観検討以外の各種シミュレーションを実行する可能性も生まれる。

 景観シミュレーションを利用する上で最大の課題はデータ作成,およびその管理にかかわるものである。データ作成の主体を多方面に求めることで,その内容が固定化しないこと,自己増殖するような仕組みの導入,そしてボランティアの参加を促すようなインセンティブの確立が必要である。

 データとしては,2次元CG,3次元CGそれぞれにおいてデータベースを利用した合理化をはかり,予備検討,比較検討目的であれば,新たにデータを作成するよりは,適切な事例データを用いることが有効である。データベースとしては,地形標高データ(地図情報),地域データベース,汎用部品データベースなどがあるが,そのそれぞれについて3次元CGと2次元CG用のデータがある。

 地形標高データについては国土地理院などの既成の数値情報を利用することが可能になった。標高情報の提供方法は数値によるものとグレースケール画像によるものとがあるが,可視化を目的とした簡便な利用には後者の方が適している。標高情報に2次元画像としての航空写真を貼りつけることで広域景観を擬似的に3次元化することが可能である。この場合建物等が全て平面的な模様になってしまい,樹林地については樹高が考慮されないので,そのままではアイレベルの検討用には無理があり,鳥瞰的な視点あるいは遠景景観の表現用としての利用が中心となる。遠景スカイラインとして見える山並みであれば荒いメッシュで十分であるが,近景,アイレベルでの検討用には樹林地に関する情報(樹高・樹種)は別途入力する必要がある。

 特定地域を対象とした地域データベースについては,景観形成ガイドラインなどがある地区については,対象地域のみ詳細に入力すればよいので,ガイドラインの運用のために行政主導で作成することが考えられる。その他の一般市街地については,建築物や樹林などの情報は,データはすぐに古くなってしまうので,自動的にデータ更新をするようなしくみが必要である。

 建築の確認申請図書との連携ができれば理想であるが,これについては技術的な問題以上に,役所内の担当部所の違いから困難な状況である。

 広域的な市街地情報の作成主体としては,3次元住宅地図として,立体視ナビゲーションなど仮想都市空間の商業的な利用のニーズとからめて更新させる可能性のほうが大きい。

 汎用部品データベースは,樹木,タイプ別の建物,ストリートファニチャー・人物などの点景など,繰り返し利用できる部品の集合である。パーツ集として販売されているほか,景観材メーカーの販売促進として配布される可能性もある。部品がデータベース化されることで,全国画一的な景観形成の指針となってしまうことは避けなければならず,数が充実し選択肢が広がることで,地域にあった的確なものが選択できるようになることが目標である。

 これらのそれぞれのデータベース化については,3次元データ作成のガイドラインを明確にすることが重要である。これは主にデータ作成の密度の問題であり,基準がないと,対象物に対する思い入れの度合いによってデータの密度,精度が様々になってしまう可能性が大きい。3次元データは作成の手間さえあれば,とことんまで詳細に表現することが可能であるので,ある程度の距離をおくことで見えなくなる要素などは省略するなど,絵心が必要になるところがある。

 設計にCADを利用している場合には,3次元データ作成の下準備ができていると言えるが,実際には実施図面用のCADデータ自体の情報量が多すぎるためデータをそのまま利用できるケースは少なく,新たに入力した方が早いことも多い。

 データ作成を合理化する方向性としては,ボランティアの活用によるデータ入力を可能にするための入力インターフェースとネットワーク利用が,住民参加という効果も期待でき,今後有力であろう。

 住宅地図などの既存データベースに属性を追加することによる3次元データの自動生成技術,立体視を応用した航空写真からの自動生成技術などもあるが,現在のところおおまかなボリュームモデルの生成が精一杯で,シャープなエッジが出せないために手作業が必要になることもある。樹林地などの自然景観要素についてはフラクタルの利用による擬似的な自動生成の技術が利用できるようになった。

(3)CGシステム展開の方向性

 最後に様々なCGシステムを実際業務に使ってきたユーザーの立場から,景観シミュレーションのためのCG技術の方向性について簡単にふれたい。景観シミュレーションに必要なCGの表現技術に関しては,ゲーム,映画製作などのエンターテインメント系で一般化した汎用のCG技術でほぼカバーできるようになった。景観シミュレーションではもの自体が複雑に動く必要性が無く,自由曲面も少ないので,CGの技術としては簡便な分野に属する。

 今から10年前,5年前のCG技術のレベルを知っている者にとっては,これから5年後,10年後のCG技術についてかなりのレベルになることが予想できる。しかし景観シミュレーションのための利用に関しては,まだ課題が多い。これはCG技術自体の問題ではなく,データ作成の簡便化といった,操作性,ユーザーインターフェース技術に関わる問題が大きいからである。

 現在の汎用のCGシステムは応用範囲が広いが,それは基本的にトレーニングを受けた専門家が用いるためのシステムであり,操作を覚えるのは困難である。これに対してゲーム機は限られたメニューを操作するのみなので,操作性が良く,景観シミュレーション用のシステムとしても,一度セットした内容を操作するだけの端末機能だけであればゲーム機並みの操作性を実現することはさほど困難ではなく,ニーズに対応した景観形成の指標に基づいた特化したプログラムを開発することで,これは可能になる。そのプログラムを準備するためにはコンサルタントが初期立ち上げに協力し,データ更新などのメンテナンスを行なうのが妥当な選択であろう。

 現場で利用の景観シミュレーションのニーズに対応した理想的な道具は,いわゆるインタラクティブなシステム,つまり見る人の意志で自由に空間を動きまわり,そして形態の変更までをも可能とするようなシステムである。これを都市景観のレベルで実施するためには膨大な量のデータを高速に扱う必要性があり,CG技術としてはもっとも高度な部類に属する。しかし技術的,コスト的にこれに手が届くようになるのは時間の問題であろう。

 コンピューターの世界は市場を制覇した「事実上の標準」が支配する世界である。CGに関してはつい最近まではまさに戦国時代の様相で,各社の進歩の速度があまりにも急速であるために,新機種になると以前のソフトが動かなくなるといった問題も多かったが,ハードやOSといったプラットフォームの「事実上の標準化」が進むことで,今ようやく徐々に道筋が見えてきた段階である。

 景観検討のニーズは多様であるので,システムとしては必要に応じて適正な手法の選択が可能であることが重要なポイントになる。具体的には2次元CGと3次元CGのほか,データベース,ビデオ,インターネットといった役割の違うコンポーネントを組み合わせたシステムとすることで,将来的な機能拡張のニーズに柔軟に対応させることが必要である。

 都市データについては大規模な事業コンペなどがあると,これまでは各社が競って別々の3次元データを作成したものである。そしてほとんどの場合,一回使用されるだけで再利用されないが,あらかじめ標準的な周辺データのストックがあればこのような無駄を省くことができるはずである。これが実現しないのは,各社の様々な利害関係の他に,使用しているCGシステムが違うと互換性が少ないということがあった。これまでのデータ変換規格は互換性が低く,テクスチャー情報の互換性となるとお手上げであった。今後はインターネット上の互換性を目指して選ばれた規格が汎用の3次元CG形式の主流となる可能性が大きい。

 将来的には既成市街地の景観に関する情報が3次元の景観データベースとして提供され,完璧な3次元CGが手軽に利用できるようになれば,より簡便で正確な景観シミュレーションを行なうことができるようになる。そのためには,コンピューター自体の進化のみならず,3次元データ入力の合理化,およびデータ管理の体制といった問題を解決しなければならない。また景観を対象としてそれだけのエネルギーを費やすことの位置づけを明確にする必要がある。

 GIS(数値情報システム)との連携は今後の景観シミュレーションの発展のひとつの可能性であろう。3次元情報を属性データとして取り込み,景観に関わる情報のみならず,様々な都市情報と連携して管理されることで,多様な条件設定による3次元的な都市景観のシミュレーションを眺め,ある建物をクリックするとそれについての情報が読み出せるといった,データの読み取りのグラフィカルインターフェースとしても機能させることが可能になるであろう。