3.「東京都都市景観マスタープラン」とCGシミュレーション

3.「東京都都市景観マスタープラン」とCGシミュレーション


(1)策定過程における合意形成手段としての活用

 このマスタープランの策定にあたっては,平成2年度から4年度までの3カ年にわたり委託調査をおこなうとともに,各種の連絡調整会議等を開催し,都市計画局・庁内各局・都内区市町村の担当者と,可能なかぎりの情報及び意見交換をおこなってきた。そして平成5年度には,学識経験者を含む「東京都都市景観マスタープラン検討委員会」を設置して,幅広い視点からのご意見をいただきながら,最終的にマスタープランとしてとりまとめていった。

 このマスタープラン策定のための調査段階において,景観形成上の課題・手法・効果などの検討等をおこなったが,そのさいに具体的な視覚イメージを通じて,関係者の合意形成に大きな威力を発揮したのが,コンピューターグラフィックス(CG)による景観シミュレーションであった。

 ちょうどこの時期は,コンピューターの機能向上・小型化・ソフトの多様化等が始まった頃でもあり,先進的なグループによる景観シミュレーションが,積極的に試みられ始めた時期でもあった。マスタープランの策定調査においては,当時すでに横浜,川越,函館などで都市景観のCGシミュレーションを手掛けていた(株)柳田石塚建築計画事務所の協力を得て,景観形成についてさまざまな視点からのケーススタディーを実施した。これらの内容は景観形成をすすめる上での,CGシミュレーションのさまざまな活用手法を示すものでもあるので,その概要を紹介する。

(2)都市景観形成事業に関する基礎調査〔平成2年度〕

 まず初めに,東京の都市景観の基盤であるにもかかわらず,建築物などにかくれて埋没しがちな地形を,広域的にかつ細かい起伏までも含めて視覚的に表現するために,約250メートルメッシュによる3次元データを使い,立体的な地形図を作成した。これにより,細かい起伏や崖線のひだが東京の景観構造の骨格であることが明確になるとともに,同じ眺望景観としての富士山の見え方も,場所によって大きく変化することが示された。
(図3)東京の立体地形図

 つぎに,景観形成の課題と解決策を探るケーススタディを,東京の代表的かつ特徴的な地区でおこなった。

(T)世田谷八幡山地区
 現況写真をCG処理した2次元シミュレーションをおこない,電柱などの景観阻害要因の除去,路上駐車自転車の撤去,圧迫感のあるコンクリート塀の後退,歩道の整備・並木の形成等により,街並みがどのように変化するのかを示した。

(U)港区芝浦港南地区
 地区内の主要な建築物等をふくむ3次元の地区景観データと,立体地形図データによる山並みを合成して,普段あまり知られていない臨海部からの富士山の眺望を再現した。
(図4)東京港からの富士山の眺望

 また,当時はまだ計画中だった東京港連絡橋(レインボーブリッジ)が,完成すると臨海部におけるランドマークとなることも予想し,東京港に入港する船からのシークエンス景観や,周辺の各方面からの橋の見え方等を検討した。
(図5)船からのシークエンス景観

 さらに,この地区では埠頭の再開発計画により,倉庫等がオフィスビルやホテルへ建て替えられ,海岸沿いに高層建築物が集中することが予想されたため,将来それらが完成した場合,どのような景観になるのかを探った。

(3)都市景観形成手法検討調査〔平成3年度〕

 景観形成の重要な要素である河川,崖線,道路の景観,また一定の広がりをもつ地区での景観形成手法として,地区計画による景観形成のケーススタディをおこなった。また新しい試みとして,東京都都市計画地図情報システム(GIS)のデータを活用した,3次元CGシミュレーションの可能性を探ってみた。

(T)大田区大森・池上地区
 東京には,武蔵野台地が低地に接する東端に,南北に連なる長い崖線がある。高低差はわずか10〜20メートルであるが,小河川による細かな谷を刻み複雑な地形を生み出し,随所に個性あるまちを生み出している。最近ではマンションやオフィスビル等によって崖線の緑が削り取られ,その連続性が失われつつある。写真をベースにした2次元CGシミュレーションによって,現状と放置した場合の違いを示した。
(図6)崖線の緑

(U)港区目黒通り
 拡幅整備がすすめられている幹線道路沿いの今後の景観の変貌を,2次元CGシミュレーションにより予測した。東京タワーを望みながら都心へ向かう広い坂道としての特性を生かし,周辺の歴史的な環境への配慮や,沿道の建築物のあり方等,地域と一体となった町並み整備の重要性を示した。 (V)地区計画の導入による景観形成(郊外住宅地モデル)
 戦前に開発された比較的良好な郊外住宅地をモデルとして,今後中高層住宅の建設や敷地の細分化によって,戸建て住宅地がどのように変わるのか,また地区計画をかけた場合にはどうなるのかを,2次元および3次元シミュレーションを用いて比べた。
(図7)住宅地の景観形成

(W)隅田川
 東京の都心部を流れる隅田川は,日本橋,佃島,向島,浅草等の歴史的に由緒ある界隈,数多くの名橋や川沿いの公園,夏の花火等を通じて多くの人々に親しまれてきた。しかし,洪水対策のカミソリ堤防,川沿いの高速道路等によって,人々の生活から次第に切り離され忘れられつつあった。近年,川沿いに立地していた倉庫や工場の大規模敷地が,つぎつぎと超高層ビルに変身し始め,スーパー堤防による緩傾斜護岸が生まれ,また水辺の広場やプロムナードが整備されて,人々が再び川辺に戻り水に親しめるようになってきた。こうした状況の中で,隅田川を東京の重要な景観の骨格軸としてとらえ,これからの景観形成の考え方を3次元CGシミュレーションによって検討した。
(図8)高層建築物による隅田川の景観変貌の予測

 隅田川は都市を貫いて流れているため,景観形成の対象とすべき地域は非常に広範囲である。そこでちょうど,時を同じくして都が開発した「都市計画地図情報システム」のデータを活用することによって,広域の市街地の3次元シミュレーションを試みることにした。「都市計画地図情報システム」は東京都全域を対象に,2500分の1の都市計画地形図を基図として,道路・公園等の都市施設,用途地域・建ぺい率・容積率等の都市計画で定めた要件,土地利用現況調査による個々の建物の構造,階数,用途等の2次元データを集積したもので,必要に応じて任意の範囲・縮尺・内容で,必要な情報を抜き出し,加工することができる。

 今回は,隅田川を挟んだ8枚の図画(2500分の1の都市計画地形図)のデータを基礎に用い,それに個々の建物の平面形に高さ(用途に対応した標準的な階高をそれぞれの建物の階数に掛けたもの)を与えて加工し,さらに計画中の超高層ビルや主な橋梁の形状データを追加することによって,川を挟んだ両側の市街地の全体像を,実際の街並みのように立体的に再現してみた。

 つぎに,このように用意したデータに,今後川沿いの大規模敷地(このデータも敷地規模として地図情報システムに入っている)に一様に高層建築物が立ち並んだ場合の景観の変貌を予測し,船で川を上り下りするさいの川沿いの景観を立体的に示して,今後の景観誘導の必要性を提起するとともに,今後の景観形成の考え方についての整理をおこなった。

 この都市計画地図情報システムの活用によるシミュレーションは,広域の市街地を対象とした場合与えられた条件の下でのまちの状況を,マクロにかつきわめて正確に表現することができる。また,建物の現況用途を立体的に区分表示したり,指定容積率を立体的に表現することも可能なので,景観の立場からではなく,都市計画上の広範な課題の検討にも非常に有効であると思われる。
(図9)建物の用途別色分け

 地図情報システムの活用にあたっては,膨大な基礎データが必要であり,いまのところ誰もがこのような成果を引き出すことができる状況ではない。しかし今後,公的情報の使用方法の整備をはかり,データのリニューアルに務め,3次元データの入力化をおこなうなどにより,都市計画地図情報システムのデータを,社会的な共通データとして広く活用できる日が,いずれ来るであろう。

(4)調査におけるCGシミュレーションの成果

 これらの一連の景観シミュレーションの結果は,調査をすすめていく過程で逐次資料化し,またビデオ化して,連絡調整会議等での問題提起や状況理解の材料として活用した。そして景観形式の考え方や手法について,今後の可能性を互いに確認し,その結果が最終的には「東京都都市景観マスタープラン」の計画内容や提案につながっていった。中でもとりわけ,崖線や隅田川,主要幹線道路等の景観の骨格をなすものについては,マスタープランのなかでは「景観基本軸」として,位置づけをおこなった。また,大規模建築物の立地や形態についても,一定規模以上のものについては,今後は事前の届出制度による導入も必要であることが,マスタープランに盛り込まれていったのである。そしてその際の技術的な手法としては,たとえば周辺の状況は「都市計画地図情報システム」から呼び出し,該当の建築物については3次元の計画データを重ね合わせることにより,広域的な観点からのチェックが可能であることも,これらの試みを通じて示されたといえよう。

 今後,マスタープランの展開におけるシミュレーションの活用方法としては,@都が策定する景観基本軸の基本計画における景観形成手法および誘導すべき内容の検討,A区市町村が中心となってすすめる景観形成地区の整備計画の内容および手法の検討,B景観拠点のガイドラインの内容検討,C大規模開発における届出制度の内容(計画内容プラス周辺部(GIS)による中景・遠景からの景観シミュレーション,スカイラインの検討,群としての景観チェック等)の検討等,さまざまな場における活用が考えられる。